サミットになぜ反対を唱えるのですか?
今日から洞爺湖でサミットが開催されています。世界のトップが一堂に会するので、テロ等を警戒して警備が厳しいのは致し方ないと思っています。何か異変があれば一大事になります。警備にも手ぬかりのないように、また事故が起こらないように祈ります。
ですけど、なぜ、サミットに反対するのでしょうか? 分らないのです。表現の自由だと言われればそれまでのことですが、反対する方々は、サミットをしなければもっといい考え方を提示できるのでしょうか。ただ、反対のための反対にしか映りません。
一方に言わせれば、「サミットを注目させるために騒いでやっているんだ!」といううがった見方もあるようです。悲しい限りです。世界のトップが一堂に会して共通の問題意識と解決への道筋をつけようとするならば、これに反対する何物も持ちません。
問題意識もバラバラで、やることなすことが自分勝手にやっていたのでは、この地球の未来は暗澹たるものがあります。一堂に会して共通の問題意識とその国なりの解決策を自問自答するだけでもいいと思います。世界のトップレベルの知性ある人材が集い、自国なりに解決策を見出そうとするところに期待を寄せるものです。
願わくは、共通の問題意識を持ったならば、各国のトップがそれぞれに解決に向けひたすら前向きに努力していただきたいと願います。
紅仙院 住職
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント